タイキシャトル―時を駆け、空を翔ける者―

春の陽がまだ淡く、風の匂いに若草の香りが混じり始めた頃。
1994年、アメリカ・ケンタッキーの片隅で、ひとつの命が誕生した。
栗毛の牡馬。母の名はウェルシュマフィン、父は悪魔の血を継ぐデヴィルズバッグ。
人々はその馬に、こう名付けた――タイキシャトル
「時を駆け、空を翔ける者」という祈りを込めて。

やがて彼は海を渡り、遠い東の国・日本へと送られる。
美浦の厩舎にて迎えられた若き日、彼は静かだった。だが、その瞳の奥には、燃えるような緑の炎が宿っていた。

タイキシャトルのデビューは遅かった。3歳の春。
だがその一戦が、すべてを変えた。東京競馬場、芝ではなくダート。
泥を蹴り上げ、他馬をあっという間に置き去りにしたその脚。
「……速い。いや、速すぎる」
その日から、彼の快進撃が始まった。

芝に替わっても、彼のスピードは鈍らなかった。
1997年の秋、スワンSを制したのち、彼はGⅠの檜舞台へと歩みを進める。
京都・マイルチャンピオンシップ。
観衆のどよめきの中、風を裂いて彼は駆けた。
最内から突き抜けたとき、場内は一瞬、静寂に包まれた。
そして次の瞬間、歓声が地鳴りのように響き渡った。

――誰も、もう彼を止められなかった。

翌年。
安田記念、泥濘の馬場。
それでも彼は、表情ひとつ変えず突き抜けた。

8月。
ついに海を越え、フランス・ドーヴィル。
異国の地で、異国の馬たちと肩を並べ、タイキシャトルはその名を世界に刻む。
ジャック・ル・マロワ賞。
勝った。
誰も信じなかったが、彼だけは信じていた。
自分の脚と、自分の速さを。

帰国後も、その勢いは止まらなかった。
マイルチャンピオンシップ連覇。
芝に咲く栗毛の彗星に、もはや疑う余地はなかった。
「彼は、日本史上最高のマイラーだ」
そう言われるようになっていた。

だが、時は無情だった。
その年のスプリンターズステークス3着を最後に、彼はターフを去った。
13戦11勝、GⅠを5勝――それが彼の遺した数字だった。
だが、誰よりも大きな「記憶」を、人々の胸に刻んで。

種牡馬としての生を終え、晩年は北海道の静かな牧場で過ごした。
草を食み、風を感じ、空を見上げるその横顔には、かつての激情はもうなかった。
ただ、どこか誇らしげに、過ぎた日々を思い出しているようだった。

そして2022年、夏の終わり。
28歳――彼は静かに、眠るようにこの世を去った。
だがその日、牧場に吹いた風は、いつにも増して心地よかったと人は語る。

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