マンハッタンカフェ「黒き疾風」

夜明け前の空のように、深く、静かに生まれたその馬は、いつしか「黒き疾風」と呼ばれる存在となった。

1998年、北海道千歳。サンデーサイレンスとサトルチェンジの血を引く一頭の牡馬が、まだ冷たい空気の中にその産声を上げた。名は――マンハッタンカフェ。

だが、運命は彼に急な飛躍を許さなかった。

初めてターフを踏んだのは3歳の冬。幼さを残す体で挑んだその戦いは、静かに、しかし確かに始まっていた。初戦は3着、次戦で初勝利を手にするも、春のクラシックではその名を轟かせるには至らなかった。

調子は上がらず、アザレア賞では惨敗――。期待のサンデー産駒とは思えぬ成績に、周囲は静かに落胆していた。

だが、彼は諦めてはいなかった。むしろ、黒き瞳の奥で、静かに燃えていた。

「まだ、俺は咲いていない。」

夏、富良野の地で再びターフを駆ける。富良野特別、そして阿寒湖特別――。連勝。その走りはまるで夜風のように滑らかで、力強かった。ファンの間に、ある噂がささやかれるようになる。

「遅れてきた本物が、目を覚ました。」

そして運命の菊花賞。秋の京都、紅葉が色づくころ、マンハッタンカフェは6番人気という伏兵としてゲートに入った。だが、その走りは伏兵などではなかった。中団から静かに、確実に進出し、最後の直線で風のように駆け抜けた。

1着。GⅠ初勝利。黒き馬体が、秋の陽を浴びてまばゆく輝いていた。

その後、有馬記念。相手は歴戦の覇者テイエムオペラオー、そしてメイショウドトウ。場内を震わせる大歓声の中、彼は3歳ながらも落ち着いていた。勝負所、鋭く抜け出す。歓声が悲鳴に変わり、再び歓喜へと転じる。

勝利――。

「この馬は、本物だ。」

そう誰もが確信した。菊花賞、有馬記念。王者の階段を、確実に登っていく。

そして4歳春、天皇賞・春。舞台は淀、距離は3200m。相手にはダービー馬ジャングルポケット。名馬ナリタトップロード。だが、最も深く芝を掴んだのは彼だった。残り100mで抜け出し、押し切る。

「俺が、王だ。」

この年、彼はGⅠ三冠を手にした。

――しかし、栄光の先には、試練が待っていた。

秋、彼は夢を見た。「世界」という舞台、パリ・ロンシャンの地へ。凱旋門賞への挑戦――それは日本馬が何度も跳ね返された、険しい壁。しかし彼は信じていた。「俺の脚なら、届く」と。

だが、凱旋門は冷たかった。欧州の重い馬場が、彼の脚を奪った。13着――。悔しさよりも、虚しさが残った。そして帰国後、左前脚に異常が見つかる。深屈腱炎――競走馬としての終わりを告げる診断だった。

こうして、マンハッタンカフェは静かにターフを去った。

けれど、彼の物語は終わっていなかった。種牡馬として、多くの命を世に送り出した。その中には皐月賞馬キャプテントゥーレ、天皇賞・秋を制したヒルノダムール、そして女傑ホエールキャプチャもいた。

彼の名は、血となって未来へ走り続けている。

2015年、彼は17歳で旅立った。だが今も、競馬場のどこかに彼の影を感じることがある。風が強く吹く日、青黒い疾風が駆け抜けていく気配。

そう、それはあの伝説の馬――

黒き流星、マンハッタンカフェの魂なのだ。

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