風が好きだった。
大地を蹴り上げて、風を裂く瞬間。
誰よりも先に、その先にたどり着きたかった。
けれど、彼は王ではなかった。
王にふさわしい名前を持ちながら、初めから栄光の王冠を約束された存在ではなかった。
これは――
「最強」と呼ばれるまでに、すべてを賭けた一頭の物語だ。
【孤高の原野】
北海道の冬は、すべてを試す。
霜に凍った地面も、皮膚を刺す風も、生きるに値しない者を容赦なく弾き飛ばす。
幼き日の俺は、誰にも期待されていなかった。
「父キングカメハメハのようにはなれまい」
「気性が荒すぎる」
「せいぜい短距離で通用するかどうか」
だが俺は覚えている。生まれた日、空を裂くような風の音。
あれは運命の呼び声だった。
【はじまりの閃光】
初陣、小倉競馬場。
「スタートよし、手応え抜群」――騎手の声が届く前に、俺の身体は反応していた。
駆けろ。裂けろ。追いつけるものなどいない。
6馬身差――
それでも、まだ足りなかった。
もっと速く。もっと前へ。
俺の走りは、まだ「伝説」ではない。
【屈辱という名の鞭】
初めて負けたとき、彼は理解した。
速さだけでは、頂点には立てない。
相手は強かった。だが、それ以上に――
彼は「自分の弱さ」に負けた。
レース後の静寂。鞍の重さが、敗北の重さだった。
けれど、その日から彼の中に「炎」が宿った。
彼はもう、“ただの速い馬”ではない。
すべての勝者に牙を剥く、風よりも速い――獣になる。
【龍王、目覚める】
2012年、スプリンターズステークス。
一番人気のプレッシャー。観客の期待。
だが、彼の耳に届いていたのは“風”の音だけ。
ゲートが開く。世界が静まる。
そして――
「誰も止められない!」
1着。
そして、香港へ――。
異国の地、シャティン競馬場。
アウェイ。湿った空気。大歓声の中、彼はただ、己の限界を越えた。
世界が認めた瞬間。
「日本の馬ではない。あれは、龍だ」と。
【終幕の風】
2013年、香港スプリント。引退レース。
最後の戦い。
もう十分に勝った? いや、違う。
これは「誰も届かない場所」への旅路。
駆ける。裂く。貫く。
――5馬身差。
彼は、王で終わった。
【血を継ぐものたちへ】
戦場を去ったあと、彼の血は脈々と受け継がれていった。
そのひとり――アーモンドアイ。
彼女は、彼を越えた!?
「速さとは、魂の証だ」
今も、風の中でそう叫んでいる。
ロードカナロアは、ただのスプリンターではない。
己の限界と世界を打ち破った、真の“王”だった。
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