クロノジェネシス―創世を告げる蹄音―

白い吐息が空に溶け込む早春、北海道の静かな牧場で、一頭の芦毛の牝馬が誕生した。

その名はクロノジェネシス——「時の創世記」を意味する名を授けられた少女は、雪に覆われた大地の上で、初めての風を受けながら立ち上がった。

周囲の大人たちは言う。「名馬の血を受け継いでいる。だが、才能が花開くかどうかは誰にもわからない」と。

けれど、その瞳だけは知っていた。

「私の時間は、今ここから始まる」と。

眠れる才能

栗東の厩舎に移されたクロノジェネシスは、静かに、しかし確実に己を鍛え続けた。

デビュー戦——まだ何者でもなかったあの瞬間、彼女は他の馬たちを静かに、けれど鮮やかに抜き去った。

「この子は、何かが違う」

騎手も、調教師も、観客も、誰もがそう感じた。

だが、才能とは刃のようなもの。時に研ぎすぎれば折れ、油断すれば錆びる。

彼女が挑んだ2歳女王決定戦「阪神ジュベナイルフィリーズ」。彼女は2着に敗れた。

まだ早い——それが大人たちの口癖だった。

だがクロノジェネシスは知っていた。「まだ本当の自分を、誰にも見せていないだけ」。

クラシックの壁

桜花賞、オークス——名だたる舞台で彼女は戦った。結果は、どちらも3着。

勝ちたい。誰よりも前に行きたい。

しかし、勝負はほんの僅かな差で決まる。たとえどんなに願っても、届かないゴールがあるのだと知った。

だが、秋が訪れた。

京都の舞台、秋華賞——彼女の時代が、ようやく始まった。

道中冷静にレースを運び、直線では凄まじい末脚を見せての勝利。彼女はついに、クラシックの頂に立った。

「やっと、この世界で息ができる」

そんな安堵を感じさせる、静かな勝ち名乗りだった。

灰の女王

4歳になったクロノジェネシスは、もう”少女”ではなかった。

春の宝塚記念。道悪の馬場で他馬が脚を取られる中、彼女だけが悠然と走った。

「まるで空を飛んでいるようだった」とファンは言った。

6馬身差——もはや異次元。彼女は、古馬の女王としてその名を刻んだ。

年末、有馬記念。

勝つために選ばれた者たちが集うグランプリ。彼女はその中でも抜けた存在だった。

「この馬には、もう”勝ち負け”では測れない何かがある」と解説者が漏らした。

そして彼女は勝った。令和最初の女王が、ここに誕生した。

時の終わり、そして始まり

2021年、彼女は海を越えた。

ドバイ、パリ——異国の地でも彼女は挑んだ。勝利こそ掴めなかったが、彼女の走りは世界を魅了した。

そして再び宝塚記念へ。圧倒的な歓声がターフに響く中、彼女は再び栄冠を手にする。

「3度目のグランプリ制覇——史上初」

その日、芦毛の女王は、”伝説”となった。

凱旋門賞、そして引退レースとなった有馬記念。

走り終えた彼女は、静かに馬体を震わせた。

観客たちは知っていた。これが終わりではなく、”始まり”なのだと。

未来へ続く血が、精神が、彼女から紡がれてゆく。

——クロノジェネシス。

時間を創った牝馬。

その名は、永遠に記憶の中を駆けていく。

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