ノースフライト「マイルに咲いた、一輪の奇跡」

北の大地に、ひときわ静かな朝が訪れた。

1990年4月12日、冷たい霧の中、産声をあげた一頭の牝馬がいた。父はヨーロッパの王者・トニービン、母はシャダイフライト。名門の血を引く彼女は、牧場の静かな片隅で、小さくも気品のある眼差しを光らせていた。

まだ誰も気づいていなかった。のちに“マイルの女王”と称えられる存在になることを。

彼女の名は――ノースフライト。

やがて栗東の厩舎へと送り出されたノースフライトは、遅咲きの花だった。3歳では一度も出走せず、初陣を飾ったのは1993年5月、新潟の芝1600メートル戦だった。

「スタートよし……内から伸びてくる……これは強い!」

解説者の声が熱を帯びる中、ノースフライトは他馬をものともせず、鮮やかに先頭を駆け抜けた。続く足立山特別、そして天王寺特別でも圧巻の勝利を見せる。しかし秋分特別では、距離への課題を突きつけられた。敗北――それは初めての、冷たい風だった。

「この子はマイルに限る」

騎手も、調教師も確信した。

その確信は、やがて府中牝馬ステークスでの勝利として花開く。迎えたエリザベス女王杯。初めてのGI挑戦、未知なる2400メートル。懸命に食らいつくも、勝ち馬・ホクトベガには届かず2着に沈む。だが、この敗戦は彼女を強くした。栄光はまだ、手の届くところにある。

1994年。5歳となったノースフライトは、本格化の時を迎える。

京都牝馬特別で見せた6馬身差の圧勝。読売マイラーズカップでは堂々の逃げ切り。彼女の名前が競馬場を駆け抜け、ファンの心に刻まれた。

そして、運命の安田記念。

5月15日。東京競馬場。雨の予報が消えた空の下、14頭がゲートに並ぶ。海外からの刺客、トーワダーリン、そして前哨戦で彼女を破った馬たち――だが、風は再び、北の女王に味方した。

直線、騎手が手綱をしならせると、ノースフライトの脚が爆発する。まるで風そのものが駆け抜けるように。2馬身半の差をつけてゴール。悲願のGI制覇だった。

「これが、この馬の走りです」

レース後の騎手の言葉に、誰もがうなずいた。

その後も彼女の物語は続く。スワンステークス2着、そしてラストラン――マイルチャンピオンシップ。

秋の京都。最後の戦いにふさわしい晴天の空の下、彼女は堂々とゲートに入る。息を呑むファンの視線の中、再び鋭く伸びる。1分33秒0。サクラチトセオー以下をねじ伏せ、堂々のマイルGI春秋制覇。完璧な引退レースだった。

走り終えた彼女は、そっと首を振った。

まるで「これが私の全て」と語るかのように。

引退後は繁殖牝馬としての道を歩んだ。子たちは大成こそしなかったが、その血は孫へと、さらに未来へと繋がっていった。名は、ビートブラック。天皇賞(春)での衝撃的な逃走劇の血潮には、確かにノースフライトが宿っていた。

2018年、心不全でその生涯を閉じたノースフライト。28年の人生は静かに幕を下ろした。

だが、その名は今も競馬場に響いている。

風が吹いたとき、芝が揺れたとき――人々は思い出すのだ。

あの日、マイルという舞台を、誇り高く、優雅に駆け抜けた一頭の牝馬の姿を。

ノースフライト――その名は、永遠に空を翔ける。

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