その馬の走りには、感情があった。
だがそれは激情ではなく、冷たく張り詰めた静けさ――まるで深海のような落ち着きと、そこに潜む計り知れぬエネルギー。
イクイノックス。
それは、令和競馬のひとつの到達点。
異次元の能力と精密機械のような完成度。
彼は、「無駄な動き」という概念を持たない、静かなる支配者だった。
誕生 ― 王者の器、血統に宿る
2020年3月23日、北海道安平町・ノーザンファーム。
名牝シャトーブランシュと、現役時代にGⅠ7勝を挙げたキタサンブラックの間に誕生した一頭の牡馬。
その名はイクイノックス(Equinox)――昼と夜が等しくなる「春分・秋分」を意味するこの名には、調和と強さが込められていた。
美しく均整の取れた馬体、父譲りの持久力、母系から受け継いだ瞬発力。
その全てが「完成」へと向かう条件を備えていた。
2戦2勝で無敗のままクラシックへ
デビューは2021年8月、札幌芝1800m。
ルメールの手綱に導かれ、先団を楽に抜け出すと、最後は流すようにしての快勝。
そして2戦目、東京スポーツ杯2歳ステークス(GⅡ)。
前半1000mを63.3秒というスローペースで折り合い、直線ではただ一頭、ギアを上げたような加速で抜け出し、レコードタイムで快勝。
たった2戦で、クラシック戦線の主役へと踊り出た。
だがその裏で、体質の弱さという難題を抱えていたことも、後に語られる。
2022年 ― “2着”の年と、始まりの天皇賞
3歳春、皐月賞へ直行。
ぶっつけ本番ながら、外枠から追い込んでジオグリフの2着。
続く東京優駿(日本ダービー)。
レースレコード決着の中、先に抜け出したドウデュースにわずかに及ばず、またも2着。
「勝てない天才」――そんな言葉すら囁かれ始めた時、
彼は天皇賞(秋)で静かに覚醒する。
4歳馬や古馬の一線級が揃った中で、先行策から一気に抜け出し、堂々のGⅠ初制覇。
わずかキャリア5戦目、GⅠ初出走から2連続2着の末に掴んだ、完璧な勝利だった。
2023年 ― 世界を制した、帝王の年
ドバイシーマクラシック(G1)
3月。海を渡った舞台はメイダン競馬場。
強豪ウエストオーバー、モスターダフらを抑え、直線では“まるでひとり旅”のような圧勝劇。
走破タイム2:25.65。観客を凍りつかせるレベルのパフォーマンスだった。
世界中の記者が口を揃えた。「This is the best racehorse on Earth(地球上で最も強い馬)」
終わりなき頂 ― ジャパンカップで迎えた有終の美
2023年11月26日、東京競馬場――
ジャパンカップ(GⅠ)。
ファンが最後に見たイクイノックスの走りは、まさに“王者の引き際”だった。
迎え撃つは三冠牝馬リバティアイランド、そしてドウデュース、タイトルホルダー、ディープボンドら歴戦の猛者たち。
だが、そのどれもが“勝ち負け”の土俵にさえ立てなかった。
1000m通過58.6秒というタフな展開を自ら刻み、直線ではルメールの手綱に応え、鋭く加速。
ラスト3Fは33.2秒、着差は1馬身1/4、時計は2分21秒8。
東京競馬場は、静まり返るような喝采に包まれた。
そしてこの日をもって、イクイノックスは現役を引退した。
引退後 ― 未来へ託された遺伝子
イクイノックスは2024年より、北海道勇払郡安平町の社台スタリオンステーションにて種牡馬生活をスタート。
初年度から驚異的な人気を博し、種付け料は初年度2000万円という破格。
“令和の完成形”とも言えるこの馬が、どんな未来を生むのか――
その血は、新たな物語の始まりを告げている。
レビュー1
近代競馬最強
古馬になってからの先行して突き放す完成した走りは最強馬だと思います。
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