空は澄み渡っていた。夏の北海道、社台ファームの一角に、栗毛の一頭の牡馬が静かに立っていた。その名は「デュランダル」。その響きは、中世の英雄叙事詩『ローランの歌』に登場する聖剣の名。彼に与えられたその名には、ただ速さを超えた“使命”があった。
幼い頃から、彼の身のこなしにはどこか異彩があった。サンデーサイレンスの血を継ぎながらも、母・サワヤカプリンセスから受け継いだ気品と繊細さ。強さと儚さが交錯する魂を、彼は持って生まれてきた。
デビューは阪神。2001年の冬、観客の注目を浴びながらも、どこか影を感じさせるその目が印象的だった。1番人気に応える走りで華々しい勝利。しかし運命は彼に、常に順風を許さなかった。直後に骨瘤が判明し、長期の休養へ。仲間たちが次々と名を上げていく中で、彼は静かに、誰にも気づかれずに、ただ、耐えていた。
復帰後も苦難は続く。勝ちきれない日々。重賞では「あと一歩」が遠い。だが、デュランダルには誰も真似できない“武器”があった。それは、嵐のように駆け上がる末脚――それこそが“聖剣”の切っ先だった。
2003年、セントウルステークスを皮切りに、彼の運命は大きく旋回する。池添謙一という若き騎手が、彼の走りに賭けた。スプリンターズステークスでの起用は、賭けだった。だが、誰もが度肝を抜かれた。最後方から、まるで風を裂くように、突き抜けた。ビリーヴとの激戦を、ハナ差で制したその瞬間、ターフに“伝説”が生まれた。
そして、秋。マイルチャンピオンシップ。彼は再び同じ戦法で、全てのライバルを飲み込み、2度目のGⅠ制覇を遂げた。人は彼をこう呼んだ。「ターフの聖剣」――と。
2004年、高松宮記念では惜しくも2着。しかし、秋のマイルチャンピオンシップでは堂々の連覇を達成。賞賛と栄光の中で、彼はついに「JRA賞最優秀短距離馬」に輝いた。
だが、栄光の頂には試練が待っていた。2005年、蹄葉炎という病が彼を襲う。歩くことさえ困難となり、引退も囁かれる中、それでも彼は再びターフに立つことを選んだ。スプリンターズステークスで2着に食い込み、その力を示したものの、マイルチャンピオンシップでの8着を最後に、彼は静かにターフを去った。
引退後は、種牡馬として新たな役目を担った。エリンコート、ジュエルオブナイル――彼の意志は、確かに後世に受け継がれた。
2013年7月7日、デュランダルはこの世を去った。その生涯は、短距離という激戦の中で、一閃のごとく輝き、走り切ったものであった。
彼の蹄跡は、今もターフの彼方に刻まれている。誰よりも静かに、そして誰よりも劇的に――。
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