ミホノブルボン「栗毛の超特急」

冷たい春風がまだ残る北海道・門別の片隅で、1頭の栗毛の牡馬が生まれた。地味な血統、脚の弱さ、そして控えめな瞳。それが、後に“栗毛の超特急”と呼ばれるようになるミホノブルボンの、何の変哲もない始まりだった。

 彼は特別な才能を持っていたわけではない。だが、彼には“努力を努力と思わぬ才能”があった。何度倒れても立ち上がり、何度も厩務員の腕を借りながら、静かにただ前を見つめるその瞳に、やがて調教師は気づく。

 「この馬は、鍛えれば走るぞ」

 規律正しく、命令に忠実で、疲れを見せず、反抗をしない──ブルボンは、その全てを備えていた。

 通常の倍の坂路調教。スパルタとさえ言われる日々に、ミホノブルボンは一言の不満も見せずに耐えた。汗と泥にまみれながら、ただ一心に「速く、強く」なることだけを望んだ。

 そして1991年11月、デビュー戦。スタートで出遅れたものの、最後の直線で他馬をごぼう抜きにして圧勝した。続く500万下、朝日杯3歳ステークスも完勝。彼の走りは、やがて“サイボーグ”という異名と共に語られるようになる。

 だが彼には、心があった。無機質に見えて、ゴール前では騎手の気配に耳を傾け、僅かに加速する。敗北を知らぬその無表情の奥底に、燃えるような闘志を誰もが感じ始めていた。

 1992年、スプリングSから皐月賞、そして日本ダービー。いずれも他を寄せつけぬ圧勝劇だった。特にダービーでは、最も美しいと言われる東京競馬場の直線を、ミホノブルボンはまるで滑るように駆け抜けた。その姿は、まるで空気と一体化したかのように、軽やかで、速く、そして美しかった。

 「無敗の三冠へ」

 誰もが夢を見た。

 だが──菊花賞。その舞台で、ミホノブルボンは初めての“壁”に出会う。

 距離3000メートル。長距離適性が問われるその舞台で、彼は最後の直線まで先頭を譲らなかった。しかし、その後ろに黒い影──ライスシャワーが迫っていた。

 ラスト200メートル。風を切る足音に気づいたブルボンは、必死に前へと脚を伸ばす。だが、もう限界だった。あの鉄の脚は、悲鳴を上げていた。

 ゴール板を過ぎたその瞬間、ブルボンは静かに崩れ落ちた。結果は2着。夢の三冠は、あと一歩届かなかった。

 それでも──誰も、彼を責めなかった。

 むしろ、その姿にこそ、人は心を震わせた。己を極限まで追い詰めて走るその姿に、人間以上の“魂”を見たのだった。

 菊花賞を最後に、ミホノブルボンは故障により引退。その後は種牡馬となったが、競走馬としての遺伝子は多くは継がれなかった。

 2017年。28歳。静かに、誰にも看取られず、この世を去った。

 だが、その走り、その生き様は、今もファンの胸に深く刻まれている。

 「ミホノブルボンは、ロボットなんかじゃない。あいつは、夢のような馬だったんだ」

 誰かが呟いたその言葉を、風が運んでいった。栗毛の軌跡を追いながら──

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