北海道安平町、名門ノーザンファームの大地に、一頭の牝馬が生まれた。
その名はジェンティルドンナ──「貴婦人」という気高き名を授けられた彼女は、やがて日本競馬史に輝く伝説となる。
父は天下を制したディープインパクト、母は英国G1馬ドナブリーニ。
エリート血統を受け継ぎながらも、幼き日の彼女は、周囲に「普通の馬」と評される存在だった。
だが、調教が始まるや否や、すべてが変わる。
大きな胸囲が示す非凡な心肺機能、270mのキャンターを易々とこなす強靭な走り。
才能は、静かに、しかし確かに、蹄音とともに目覚めたのだ。
デビューは2歳秋。京都の重たい馬場を苦しみながらも2着に食い下がり、次走できっちりと初勝利。
続く3歳初戦──牡馬たちに挑んだシンザン記念。
彼女は、圧倒的な強さで歴史に名を刻んだ。
「牝馬が牡馬を倒す」その意志は、やがて大きな奇跡へとつながる。
桜花賞。
優駿牝馬(オークス)。
秋華賞。
ジェンティルドンナは幾多の困難を乗り越え、3歳牝馬三冠の偉業を成し遂げた。
しかも、父ディープインパクトもまた三冠馬。
日本競馬史上初となる、「親子三冠」という奇跡が、この時、現実となった。
しかし、彼女の歩みはそこでは終わらない。
秋、ジャパンカップ。
ライバルは、牡馬三冠馬オルフェーヴル、そして世界を制したソレミア。
レース終盤、進路を失い絶体絶命──誰もがそう思ったその瞬間。
ジェンティルドンナは、オルフェーヴルとの激突をものともせず、力強く、真っ直ぐにゴールへと突き進んだ。
ハナ差の勝利──それは、日本中に震えるような感動を呼び起こした。
さらに翌年、ジャパンカップ連覇。
ドバイの地でも世界の強豪を打ち破り、見事ドバイシーマクラシック制覇。
そして引退レースとなった有馬記念、最後まで諦めず、芝を蹴り、風を裂き、有終の美を飾った。
──19戦10勝。
そのすべてに、誇り高き戦いのドラマがあった。
勝ち星だけでは語り尽くせない、彼女の強さ、しなやかさ、そして魂の輝き。
2016年、ジェンティルドンナは顕彰馬に選出された。
それは、ただ強かっただけではない。
時に逆風に抗い、幾多の壁を乗り越え、走り続けた”心”が、多くの人々を打ち震わせた証だった。
──彼女の蹄音は、いまも競馬ファンの心に鳴り響いている。
永遠に。
「貴婦人」ジェンティルドンナ、その名とともに。
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