その馬の名は、リスグラシュー。「優美な百合」を意味するその名の通り、彼女は品格と情熱を内に秘め、ターフを駆け抜けた。そして、牝馬の常識を、世界の壁を、勝利のたびに塗り替えていった。
■ 誕生の春、静かなる始まり
2014年1月18日、北海道のノーザンファームで、リリサイドの3番仔として生まれたリスグラシュー。幼い頃は神経質な面を見せ、調教では手を焼く時期もあった。だが、次第に心も体も成長し、彼女の中に眠る輝きが、徐々に形を取り始める。
■ 初GⅠ挑戦、惜敗の涙
2歳の秋、アルテミスSで重賞初勝利を飾ると、GⅠ阪神JFで堂々の2着。3歳時のクラシック戦線でも、ソウルスターリングやレーヌミノルとしのぎを削り続けたが、勝利にはわずかに届かなかった。勝ち切れないもどかしさ――それでも、ファンは知っていた。「この馬は、きっと“なにか”を起こす」と。
■ 重なる2着、それでも歩みは止めない
東京新聞杯を制して古馬重賞勝利を挙げた2018年。だが、ヴィクトリアマイルではまたもハナ差の2着。府中牝馬S、香港ヴァーズ……名だたる相手と激闘を繰り広げながらも、あと一歩届かない日々が続いた。GⅠ戦線での2着は実に5度。
それでも彼女は、勝利を諦めなかった。
■ 8度目の正直、エリザベス女王杯
2018年11月、京都競馬場――エリザベス女王杯。彼女は末脚一閃、逃げ粘るクロコスミアをゴール寸前で捉えた。
GⅠ初制覇。
8度目の挑戦で掴み取った勝利。その瞬間、涙を流したファンは数知れない。「ようやく報われた」。それは彼女自身だけでなく、ずっと信じ続けてきた人々の物語でもあった。
■ 世界を翔ける、女王の風
2019年――彼女の真の伝説が始まる。
宝塚記念。ダミアン・レーンを背に、牡馬たちをねじ伏せる堂々たる逃げ切り。牝馬として13年ぶり、歴史的快挙だった。
そして海を越え、オーストラリア・コックスプレート。最外枠からの追い込み、圧巻の1馬身半差。異国の地で世界を制したその姿は、まさに“日本が誇る最強牝馬”だった。
■ 有終の美――「史上最強牝馬」の証明
2019年12月、有馬記念。アーモンドアイ、サートゥルナーリアら、錚々たるメンバーを前に、彼女は“最後の舞台”に立った。
結果は、5馬身差の圧勝。まるで未来を知っていたかのように完璧なレース運び。観客の歓声が、感嘆と涙に変わった。
それは、牝馬初の春秋グランプリ制覇。
■ 馬は語らない、だからこそ美しい
リスグラシューは、決して多くを語らなかった。勝っても、負けても、淡々とターフを去るその姿は、まるで「答えは走りにある」とでも言いたげだった。
牝馬の壁を越え、世界の壁を越えたその走りは、今なおファンの心に焼き付いている。
「もったいないねえ。でも、感謝しかない」と語った矢作調教師。
「最高のパートナーだった」と言ったレーン騎手。
そして、ファンはただ願う――
また、あの走りに会える日が来ることを。
あなたの走りは、永遠に。
リスグラシュー
2014.1.18 – 不滅の伝説
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